金沢の定番観光地。金沢城公園と兼六園

金曜日は仕事が夜だったため、日中にぶらっと観光へ。金沢観光の定番、金沢城公園兼六園に行ってきた。家からは車で10分足らず。来た当初はえらい場所だと思ったが、じわり我が寺町のアクセスの良さが光り始めている。

どちらも以前来たことのある場所だが、SHANにとっては初。日頃の運動不足解消のためにしっかり歩いて来たいと思う。兼六園裏の名鉄協商Pに駐車し、まず金沢城公園の方に向かった。

兼六園前の坂道

土産物店の並ぶ坂道を上ると、玄関口である石川門に到着。均整の取れたきれいな門だが、よくよく見るとなんと工事中。姫路城に続き、またしても改修中の城を見ることに。

金沢城の石川門

石川門を抜けると三の丸広場が広がっており、右手には平成22年に復元されたという河北門が見えた。

金沢城の河北門

石川の匠の技が活かされているのは素晴らしいと思うが、まるで買ったばかりのジーンズのように、出来立て新品の門にはやはりどうしても味わいがない。

ただ、この先数世紀を見越しての復元事業とのこと。今後何世代も先までしっかりと活躍してもらいたいところだ。そして次に五十間長屋に向かったが、こちらも現在工事中。

工事中の橋爪門

正確には五十間長屋に隣接する橋爪門を復元しているところらしい。長屋の方は平成13年に復元済み。やはりまだこちらも新品感が拭えない。屋根は一面に白い鉛瓦が葺いてあり、まるで雪化粧をしたような趣き。

金沢城の五十間長屋

金沢城は古くに天守が焼失し、その後再建されなかったという。そのため、長屋や門だけで一般的な城という形にはなっていない。

本丸や二の丸にも建物はほとんど残っていないわけだが、空襲に遭ったわけでもないのに何故なのか、とても不思議だった。しかし長屋の中に入り、年表を見てその理由がなんとなく分かった。

金沢城の歴史年表

いや、とにかく火の用心悪すぎ。トドメは1881年の大火災だったようだが、こんなに頻繁に燃えてたらそりゃ残らないよなと思う。

木造建築なのでどうしてもある程度仕方ないのだろうが、地震に対する建築技術が素晴らしいだけに、火のほうもどうにかならなかったのかと何とも残念。

木組みの技術

屋根の作り

その後、三十間長屋や鶴丸倉庫を見てから兼六園へ向かった。少しずつだが着実に復元が進む金沢城。自分らが年を取る頃には、往時の姿が戻っているのかもしれないと思うと楽しみな気もした。

五十間長屋の菱櫓

石川門を出て少し歩くと、すぐに兼六園の桂坂口に到着した。そのまま普段より景色のランクアップした、少し贅沢な散歩を開始。

兼六園の入口

兼六園の苔生す庭

紅葉の前なのでベストシーズンとはとても言えないが、手入れの行き届いた庭園を見るとそれだけで清々しい気分になる。

兼六園の道

兼六園の黄門橋

途中、ちょうど係りの方が苔の手入れをしていた。ヤマトフデゴケという苔だけにしたいのだという。深い緑色のその苔は通称ビロードゴケとも言われるらしく、触らせてもらうと、確かに他とは滑らかさが全く違った。

兼六園の苔の手入れ

明治紀念之標という場所には日本武尊の像が鎮座。しかし、これはどう見ても野田総理の顔にしか見えなかった。

兼六園の日本武尊の像

虎石や梅林、根上松、雁行橋、徽軫灯籠など名所を一巡。日暮れまでたっぷりと歩いてからようやく帰路に就いた。街を見下ろすと、すでに家々の壁が夕焼けに染まっていた。

兼六園の根上松

夕食は東山方面へ戻り、地元の回転寿司すし食いねぇ!へ。石川・富山を中心に展開するチェーンで、氷見港直送を謳っている。名前とは裏腹に、店内は広々として落ち着いた雰囲気。

すし食いねぇ

ここでのどぐろやがす海老など、北陸のネタを中心に寿司を満喫。酢飯の味が少し強めだったが、全体的にどのネタも美味しかった。SHANはこの日えんがわを克服。むしろかなりはまった様子だった。

すし食いねぇののどぐろ

日が沈むと外はもう肌寒いぐらいになってきた。そしてあっという間に秋が過ぎ、今年も終わっていくのだろう。

「士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし」と言うが、せめて年の瀬に一年を振り返って成長したと言えるよう、残された時間を大事にしながら全力投球していきたいと思う。

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