今帰仁城跡。琉球史と今泊集落の夜

先週末は早くもこちらに来て3度目の週末。料理にばかり詳しくなっても仕方ないので、日曜には午後から近くの今帰仁城跡を見てきた。

今帰仁は”なきじん”と読む。僕らの住む本部半島の北側に位置する南の山岳と北のビーチに挟まれた小さな村で、今帰仁城跡はその山間部にある中世の城館跡。

今帰仁城跡

ここは那覇市の首里城などとともに、2000年に世界文化遺産に登録されている。当時、約25億円かけて改修したとあって、受付から城壁まできれいに整備されていた。それ以前は山林に埋もれていたのだそう。

今帰仁城跡の受付

この日は受付でボランティアガイドをお願いした。正面の階段が二の丸にあたる”大庭”まで続き、その両側には日本一早く咲く寒緋桜が並ぶ。

七五三の階段

しかしガイドのおじさん。ここですぐ隣に、中世当時使われていた道があると案内してくれる。これがめちゃくちゃ登り難いんだが、ゴツゴツの悪路なのは敵の侵入を妨げるためだそう。SHANもおじさんを真似て杖を借りて登る。

今帰仁城中世の道

何とか登り切って王族の御殿のあった大庭を抜け、その一段上の本丸にあたる場所”主郭”へと進む。この主郭には二階建ての王の住居と後宮があったそう。

後宮の妃は約30人。最後の王が好色だったので、その後裔がこの辺にたくさんいると。だから今でも”今帰仁美人”という言葉があるという。写真にある火之神の祠は現在も信仰の対象。一子相伝の巫女のような職業の人が今もいて、沖縄独自の信仰が守られてきたらしい。

今帰仁城の主郭

琉球は古い文献の残る14世紀頃、三国志よろしく三つの国が鼎立していた。南部は糸満市あたりの南山王国。中部は那覇市あたりの中山王国。そして、北部一帯を支配した北山王国

この今帰仁城はかつての北山王国の王城だった。だが最後の王、攀安知(はんあんち)が酒色に耽ったため、15世紀に中山王国の尚氏によって滅ぼされてしまう。

三山時代

その後、中山王国は三山統一を果たし、しばらくは琉球王国として栄えたが、1609年に薩摩藩の侵攻を受け属国化。明治12年には廃藩置県の一環で沖縄県となる。

そのため、ガイドさんも島津氏と聞くだけで、今でもあまりいい気分はしないのだそうだ。「先祖が薩摩なんですが。。」というと、ガイドはここまでにしましょう、なんて返された。

今帰仁城の主郭より望む

この今帰仁城は眺望が良く、遠くは珊瑚礁まで見える。空掘や断崖を流れる志慶真川に囲まれ、まさに天然の要害。ちなみにこの志慶真川のおかげで、下流の集落では水道代が月100円らしい。

小1時間かけてすべて見て周ったところで、ガイドのおじさんは今日の仕事が終わりだそう。すると、先程見た珊瑚礁は穴場だから、都合が良いなら案内してあげるという。まあ何でも物は試しなので、現地の駐車場代を了承して行ってみる事に。

ガイドさんに続け

115号北端の今帰仁城の看板を右に折れ、「赤墓」の案内板を左。そのまま赤墓を目指して進むと、小さな砂利の駐車場に出て、下りるとすぐにそこは海岸線。先の慰霊碑を曲がった場所と併せて長浜ビーチというらしい。

潮がすでに引いている時間帯だったので、人気がなく、物静かでとても落ち着いた雰囲気。だがよく見ると、サカナやヤドカリ、ウニなんかの海の生き物がそこら中にいる。

長浜ビーチの珊瑚礁

ここは小さな環礁のようになっているので波がなく、海面が鏡のようになる。こんな穏やかな日はあまりないらしい。満潮時にはまた違った顔なのだそうだが、観光地化もしておらず、確かに穴場と言える場所だった。

長浜ビーチの岩

長浜ビーチの海面

帰り道、ガイドさんに御礼のビールを買ったんだが、なぜかその行きがかりで地元の飲み会に誘われた。結局、これはこれで興味が沸いたので参加する事に。

ビーチから来た道を戻り、小さな脇道に入ると、フクギ並木の細道に伝統的な古民家が続く。道端では子供達が遊び、時代の感覚が鈍るよう。「これが沖縄の原風景なんだよ」とガイドさん。

今泊集落のフクギ並木

そのうちの一軒に入ると庭には長机があり、ここに村の人達が一人また一人と集まってくる。自分とSHANも席を作ってもらうと、惣菜屋のおじさんが料理をすぐに持ってきてくれた。

お惣菜屋さんの料理

このポーク玉子は沖縄の裏の定番メニューらしい。そしてビールはオリオンかと思いきや、「好きなんだ」といってキリンが出てきた。さらに沖縄なんだから沖縄の酒を、と泡盛も登場。

美しき古里

村の暮らしや歴史の話。派閥や移住者について。フクギ並木は備瀬よりこの集落の方が立派だという話。今帰仁の観光にかける思いみたいなもの。振った琉球独立についても新鮮な意見が聞けて良かった。

結局、日が沈むまで何だかんだと話を聞き、最後に感謝を告げて去ろうとすると、一番年上の人が家を見せてくれるという。この際だからとお邪魔し古民家の中を見学。

古民家にお邪魔

そうして車に戻る頃には、あたりは完全な静寂と闇。街灯の裸電球から離れると何も見えなくなる。だが、「悪い人は一人もいない」らしい村だからか、歩いていて怖さを感じるよりも不思議と温かみを感じた。

今泊集落の夜

帰りに案内板で知ったがここは今泊集落というらしい。最近では本土の大学から研究者も来るそうだが、本当に古き佳き沖縄の村社会が残っているような場所。

そして戻る途中、夜の今帰仁城の前を通ったが、ふと見上げると迫力ある文字通り満天の星空が見えた。星の数がやはり名護市内とはまるで違う。きっとかつて王が眺めた星空もこんなんだったんだろう。

偶然も旅の一つの醍醐味。無責任な助手席であらためてそんな事を思い出しつつ、いつもの名護の町へと帰っていった。

今帰仁城跡。琉球史と今泊集落の夜」への6件のフィードバック

    1. ari.d5233 投稿作成者

      だろうね、帰るとき本当に持って出ようとしてたもんねw
      堂々と泥棒しないこと(^3^)

      返信
  1. SAWA

    早くも3週間かぁ~
    今帰仁城跡の入口にいる看板ネコには会えたかな?
    しかしガイドさんと飲み会ってのもすごい話やの。。
    おかげでレアルート歩けたみたいだし、
    沖縄の人達の生活が垣間見えて良かったやん◎
    あ、城跡の高台から見えたかもしれんけど、そこまで行ったなら
    次回はぜひ古宇利島へ足を運んでみてくだされ=3
    海面反射写真ナイスです ><b

    返信
    1. ari.d5233 投稿作成者

      ネコは暑いからかいなかったなぁ。。
      古宇利島は天気が最高の日に行こうと温存中。
      水納島や伊是名島とかも気になってる。
      沖縄そばに飽きてきたら、
      今度はビーチシリーズでも始めますw

      返信

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