和牛の米沢。川中島の合戦、上杉神社

早いもので山形滞在も1か月が経過。特有の春霞もこのところ徐々に見なくなり、青空や新緑が眩しい季節になってきた。恒例の週末観光の方はというと、最近は少し遠出が続いている。

先々週は山形市の南約50kmにある米沢市に行ってきた。上杉謙信の流れを汲む米沢藩の城下町だが、どちらかといえば日本三大和牛の米沢牛の方が有名だろう。という訳で、この日はまず登起波分店という明治創業の老舗牛肉店を訪れた。

登起波分店登

米沢牛ポスター

店内はさすがに香ばしい匂いが充満しており、焦れながら待つこと約20分。昼からステーキは重過ぎの感があったので、注文は定番だという”百年の牛鍋”と”米沢牛焼肉丼”にした。

百年の牛鍋

米沢牛焼肉丼

出てきた牛鍋は写真と違って具をかき混ぜたような見た目だったが、肉の量は思ったよりも多く、悩んだ大盛をぎりぎりで回避したのはむしろ正解。柔らかい!というよりは肉そのものの味が濃い感じで、牛本来の旨味を楽しむのにはピッタリな一品だった。

食後は早くも幸せな眠気に襲われたが何とか持ちこたえ、続けてこの日のもう一つの目的である米沢上杉まつりの会場へと向かう。

米沢上杉まつり会場

米沢上杉まつりとは甲冑を纏った数百人が川中島の戦いを再現するというのが目玉の催し。これは必見だと思い、米沢訪問はわざわざこの開催日に合わせたのだった。会場はというと実際にかなりの熱気で、脇では待機中の武田騎馬隊にも遭遇。

上杉まつりの騎兵

徐々に期待が高まる中、空きスペースに潜り込むように座る場所を確保すると、武田軍が間近で見られる状態に。

武田軍

そして見た武田軍の第一印象は、申し訳ないが頼りなさすぎ。。少年少女と外国人の混成部隊は、その意義はよく理解できるんだが、やはり迫力不足の感がいかんともしがたい。。

大筒隊の演技はさすがに火薬を使うので見応えがあったが、Shanもなかなか始まらない合戦に興味が後ろの韓国の女の子達に移り、「外国語を生で聴くと面白いね」とか言って楽しそうだった。その口から出ているのも外国語なんだが。。

大筒隊

迫真の合戦こそなかったが、露店を冷かしてビール片手に見物、という感じで楽しむには良いイベントだと思う。個人的には大筒の音にびびってブルブル震えてた柴犬が可愛くてヒットだった。

1時間半ほど観戦した後は上杉神社へ移動。ここは上杉謙信を祀った神社で、米沢城址である松が岬公園の中に位置する。

上杉神社

軍神とも称された謙信公だが、小説は恋愛物が好きだったというギャップが何ともいえない。米沢藩の祖として堂々とした銅像が飾られていた。また中興の祖である上杉鷹山の像も確認。

上杉謙信像

上杉鷹山像

神社の後はせっかくなので向かいにある上杉博物館にも立ち寄った。展示物はその名の通り上杉家の宝物が中心で、現在上杉所蔵版の”洛中洛外図屏風“の原本が公開中。

上杉家伝来絵図

この洛中洛外図屏風は織田信長が上杉謙信に贈ったものとされ、現存の洛中洛外図の中で唯一国宝に指定されている。

もちろん写真はNGだが、当時の京での生活の様子が活写されていて見ていて飽きが来ない。渡月橋には紅葉を枝から折って持ち帰ってる輩がいてありなのか?とも思ったが、以前訪れた場所を辿ったりしてこの一枚で十分楽しめてしまった。

米沢の帰り

その後は急な雨にも降られつつ、愛用の国道13号に乗って帰宅した。謙信や鷹山の業績が目につく今回の訪問だったが、その陰で上杉家最後の藩主上杉茂憲の人生もなかなか面白かった。

この人は幕末に米沢藩主として生まれ、明治の世になると東京へ。その後は沖縄に移住してその発展に尽力したんだそう。僕らと逆のルートを辿っているのが何だか面白かったが、今後も食事ばかりでなくこういう小さな発見を大事にしたいなと思う。

ただまあ、そんな事を言いながら翌週訪れたのは、山形の食材の宝庫庄内地方。肉とバランスを取った訳ではないが、野菜と魚を目的に訪れてみたので、また空いた時間に記録しておきたい。

和牛の米沢。川中島の合戦、上杉神社」への4件のフィードバック

  1. SAWA

    米沢牛とはなかなか贅沢な生活してますなぁ~。
    焼肉丼もそのボリュームが気になるが、百年の牛鍋というネーミングは
    どこからやってきているんだろう??
    それにしても美味しそうな鍋だ…。

    米沢上杉まつりは面白そうなイベントやね。
    兵士たちが下を向いて明らかに敗戦ムードなのが気になるが、
    なかなかこれだけ集まって合戦を再現するイベントは少ないから見てみたい。
    そして柴犬をこんなところに連れてきて怯えさせちゃダメだろ!

    歴史博物館を辿って楽しめる人は羨ましいね。
    ある程度教養がないとワケが分からず眠くなってしまう…。
    そういう意味でも庄内地方の新鮮な海鮮たちを楽しみにしてます!!

    返信
    1. ari.d5233 投稿作成者

      百年はたぶん明治の頃から出してる味ってことだろうけど、
      コスパでいうとぼちぼちかなあ。
      違いはステーキの方が分かりやすかったかもしれない。
      ただ、スーパーにも山形の肉は結構置いてあるんで、
      これ以降、肉の自炊が多くなって食が進んでおります;

      合戦は確かにこういうの少ないから期待してたんだけど、
      戦いの前から旗が折れて直してたり、
      部隊が移動してるのに遅れた子が一人後から追いかけて行ったり、
      なんともほのぼのした雰囲気…。

      日本史は中学以来で、常識っぽいことも全然知らないんだけどね。
      だから博物館行っても大した見方はしていません。。
      しかし時間が経つのが早くて嫌になるわ~~

      返信

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